2026年8月15日土曜日

有機リン・農薬中毒:アトロピンとPAMの使い方を徹底解説【中毒シリーズ⑨】

 農薬中毒は地域によっては頻度が高く、適切な対応が生死を分けます。特に有機リン中毒とパラコート中毒は病態が全く異なり、治療アプローチも対照的です。今回は農薬中毒を徹底解説します。


有機リン・カーバメイト中毒

作用機序

有機リン系農薬(スミチオン・ジメトエート・マラチオンなど)とカーバメイト系農薬は、コリンエステラーゼ(ChE)を阻害します。

ChEが阻害される → アセチルコリン(ACh)が分解されない → AChが蓄積 → コリン受容体が持続的に刺激される

これが「コリン作動性トキシドローム」を呈する理由です。

症状(DUMBELS)

文字症状
DDiarrhea(下痢)
UUrination(頻尿・尿失禁)
MMiosis(縮瞳)
BBradycardia(徐脈)
EEmesis(嘔吐)
LLacrimation(流涙)
SSalivation(流涎)+ Secretion(気道分泌↑)

重症では:

  • 気管支痙攣・気道分泌過多 → 窒息
  • 筋肉束状収縮(fasciculation)→ 呼吸筋麻痺
  • 中枢神経症状(痙攣・昏睡)

特異的サイン:ニンニク臭(農薬の臭い)

診断の補助

血中・赤血球コリンエステラーゼ(ChE)値の低下を確認します。重症度の指標となります。


治療①:アトロピン

作用機序

ムスカリン受容体拮抗薬として、アセチルコリン過剰によるムスカリン性症状を拮抗します。

投与方法

  • 初回:1〜2mg IV(小児:0.02mg/kg)
  • 効果不十分なら倍量で繰り返し投与
  • 重症例では数十〜数百mgが必要なことも(アトロピンに上限はない)

エンドポイント(目標)

「分泌物が乾燥すること」

気道の分泌物が乾燥して吸引不要になること、口腔・鼻腔の乾燥感が得られることをエンドポイントとします。

瞳孔散大はエンドポイントにしない 瞳孔はアトロピンで散大しますが、これを目標にすると過量になりやすく、中枢神経毒性(興奮・幻覚・高体温)を引き起こします。


治療②:PAM(プラリドキシム)

作用機序

有機リンによって阻害されたChEを再活性化(リン酸基を除去)します。

最重要ポイント:Aging前に投与

有機リンとChEの結合は時間が経つと**「Aging(老化)」**と呼ばれる不可逆的な結合強化が起きます。

Agingが起きると:

  • 有機リン:24〜48時間以内
  • PAMを投与してもChEを再活性化できなくなる

Aging前(特に服用後24時間以内)の早期投与が重要です。

投与方法

  • 初回:1〜2g を15〜30分で点滴(急速投与は血圧上昇・心拍数上昇のリスク)
  • 持続投与が必要な場合もある(0.5g/時)

カーバメイトではPAMは不要

カーバメイト(カルバリルなど)とChEの結合は自然に解離するため、PAMは原則不要です(むしろPAMがカーバメイト中毒を悪化させるという報告もある)。


皮膚除染の重要性

有機リン農薬は皮膚から吸収されます。農作業中の暴露では、衣服や皮膚に農薬が付着していることが多いです。

医療者への二次汚染防止のため:

  • PPE(手袋・ガウン・マスク)を着用してから患者に触れる
  • 患者の衣服をすぐに脱がせる
  • 大量の水で皮膚を洗浄する

「二次中毒で医療者が倒れる」という事例が実際に起きています。


パラコート中毒

特徴・機序

パラコート(農薬除草剤)は致死量が極めて少ない(20%製剤で20〜40mL)

機序:活性酸素(スーパーオキシド)を産生 → 肺組織(特に肺胞上皮)を不可逆的に障害 → 肺線維症

特徴的なのは「酸素投与で悪化する」という逆説的な特性です。酸素が活性酸素産生を促進するため。

経過

  • 急性期(数時間〜数日):口腔粘膜の壊死・消化管障害・腎障害・肝障害
  • 数日後:腎障害・肝障害の進行
  • 1〜3週後:肺線維症 → 呼吸不全(不可逆的)

治療(重要:特異的解毒薬なし)

  • 活性炭:早期(1時間以内)の投与が重要。パラコートを吸着
  • 酸素投与は禁忌(SpO₂ < 70% になっても酸素投与は慎重に)
  • 血液吸着(HP):早期に行うと血中濃度を下げられる可能性あり
  • 支持療法が中心

予後は極めて不良。致死量以上の服用では救命率が著しく低い。


グルホシネート中毒

特徴

バスタ®・ハヤブサ®の主成分。除草剤として広く使われています。

最も注意すべきは**「遅発性の神経症状」**です。

経過(lucid interval が危険)

  • 摂取直後:消化器症状(悪心・嘔吐)
  • 数時間後:一旦症状が改善(lucid interval:見かけの回復)
  • 24〜72時間後:遅発性の意識障害・痙攣・記憶障害・呼吸不全(中枢性)が出現

「症状が軽いから帰宅していい」は絶対にNG。最低72時間は経過観察が必要です。


農薬中毒まとめ

農薬機序特徴治療のポイント
有機リンChE阻害→ACh蓄積DUMBELS・ニンニク臭アトロピン(分泌物乾燥がエンドポイント)+PAM(Aging前)
カーバメイトChE阻害(可逆的)有機リンより軽症アトロピン。PAMは原則不要
パラコート活性酸素産生→肺線維症酸素禁忌・解毒薬なし活性炭早期投与。予後不良
グルホシネート中枢抑制遅発性症状(24〜72h後)最低72時間は入院経過観察

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