農薬中毒は地域によっては頻度が高く、適切な対応が生死を分けます。特に有機リン中毒とパラコート中毒は病態が全く異なり、治療アプローチも対照的です。今回は農薬中毒を徹底解説します。
有機リン・カーバメイト中毒
作用機序
有機リン系農薬(スミチオン・ジメトエート・マラチオンなど)とカーバメイト系農薬は、コリンエステラーゼ(ChE)を阻害します。
ChEが阻害される → アセチルコリン(ACh)が分解されない → AChが蓄積 → コリン受容体が持続的に刺激される
これが「コリン作動性トキシドローム」を呈する理由です。
症状(DUMBELS)
| 文字 | 症状 |
|---|---|
| D | Diarrhea(下痢) |
| U | Urination(頻尿・尿失禁) |
| M | Miosis(縮瞳) |
| B | Bradycardia(徐脈) |
| E | Emesis(嘔吐) |
| L | Lacrimation(流涙) |
| S | Salivation(流涎)+ Secretion(気道分泌↑) |
重症では:
- 気管支痙攣・気道分泌過多 → 窒息
- 筋肉束状収縮(fasciculation)→ 呼吸筋麻痺
- 中枢神経症状(痙攣・昏睡)
特異的サイン:ニンニク臭(農薬の臭い)
診断の補助
血中・赤血球コリンエステラーゼ(ChE)値の低下を確認します。重症度の指標となります。
治療①:アトロピン
作用機序
ムスカリン受容体拮抗薬として、アセチルコリン過剰によるムスカリン性症状を拮抗します。
投与方法
- 初回:1〜2mg IV(小児:0.02mg/kg)
- 効果不十分なら倍量で繰り返し投与
- 重症例では数十〜数百mgが必要なことも(アトロピンに上限はない)
エンドポイント(目標)
「分泌物が乾燥すること」
気道の分泌物が乾燥して吸引不要になること、口腔・鼻腔の乾燥感が得られることをエンドポイントとします。
瞳孔散大はエンドポイントにしない 瞳孔はアトロピンで散大しますが、これを目標にすると過量になりやすく、中枢神経毒性(興奮・幻覚・高体温)を引き起こします。
治療②:PAM(プラリドキシム)
作用機序
有機リンによって阻害されたChEを再活性化(リン酸基を除去)します。
最重要ポイント:Aging前に投与
有機リンとChEの結合は時間が経つと**「Aging(老化)」**と呼ばれる不可逆的な結合強化が起きます。
Agingが起きると:
- 有機リン:24〜48時間以内
- PAMを投与してもChEを再活性化できなくなる
Aging前(特に服用後24時間以内)の早期投与が重要です。
投与方法
- 初回:1〜2g を15〜30分で点滴(急速投与は血圧上昇・心拍数上昇のリスク)
- 持続投与が必要な場合もある(0.5g/時)
カーバメイトではPAMは不要
カーバメイト(カルバリルなど)とChEの結合は自然に解離するため、PAMは原則不要です(むしろPAMがカーバメイト中毒を悪化させるという報告もある)。
皮膚除染の重要性
有機リン農薬は皮膚から吸収されます。農作業中の暴露では、衣服や皮膚に農薬が付着していることが多いです。
医療者への二次汚染防止のため:
- PPE(手袋・ガウン・マスク)を着用してから患者に触れる
- 患者の衣服をすぐに脱がせる
- 大量の水で皮膚を洗浄する
「二次中毒で医療者が倒れる」という事例が実際に起きています。
パラコート中毒
特徴・機序
パラコート(農薬除草剤)は致死量が極めて少ない(20%製剤で20〜40mL)。
機序:活性酸素(スーパーオキシド)を産生 → 肺組織(特に肺胞上皮)を不可逆的に障害 → 肺線維症
特徴的なのは「酸素投与で悪化する」という逆説的な特性です。酸素が活性酸素産生を促進するため。
経過
- 急性期(数時間〜数日):口腔粘膜の壊死・消化管障害・腎障害・肝障害
- 数日後:腎障害・肝障害の進行
- 1〜3週後:肺線維症 → 呼吸不全(不可逆的)
治療(重要:特異的解毒薬なし)
- 活性炭:早期(1時間以内)の投与が重要。パラコートを吸着
- 酸素投与は禁忌(SpO₂ < 70% になっても酸素投与は慎重に)
- 血液吸着(HP):早期に行うと血中濃度を下げられる可能性あり
- 支持療法が中心
予後は極めて不良。致死量以上の服用では救命率が著しく低い。
グルホシネート中毒
特徴
バスタ®・ハヤブサ®の主成分。除草剤として広く使われています。
最も注意すべきは**「遅発性の神経症状」**です。
経過(lucid interval が危険)
- 摂取直後:消化器症状(悪心・嘔吐)
- 数時間後:一旦症状が改善(lucid interval:見かけの回復)
- 24〜72時間後:遅発性の意識障害・痙攣・記憶障害・呼吸不全(中枢性)が出現
「症状が軽いから帰宅していい」は絶対にNG。最低72時間は経過観察が必要です。
農薬中毒まとめ
| 農薬 | 機序 | 特徴 | 治療のポイント |
|---|---|---|---|
| 有機リン | ChE阻害→ACh蓄積 | DUMBELS・ニンニク臭 | アトロピン(分泌物乾燥がエンドポイント)+PAM(Aging前) |
| カーバメイト | ChE阻害(可逆的) | 有機リンより軽症 | アトロピン。PAMは原則不要 |
| パラコート | 活性酸素産生→肺線維症 | 酸素禁忌・解毒薬なし | 活性炭早期投与。予後不良 |
| グルホシネート | 中枢抑制 | 遅発性症状(24〜72h後) | 最低72時間は入院経過観察 |
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