「傷は乾かして治す」——昔はそう信じられていました。でも今の医学では全く逆です。「傷は適切な湿潤環境に置いた方が早く治る」——これを「モイストウンドヒーリング」と言います。今回は創傷治療の根本的な考え方を解説します。
モイストウンドヒーリングとは
Moist Wound Healing(モイスト・ウンド・ヒーリング)とは、「創面を湿潤環境に置くと創傷治癒が促進される」という概念です。
1962年、Winterらが発表した新しい概念で、それ以前の「創傷は乾燥させて治療するもの」という常識を覆しました。
「傷は乾かした方が早く治るのではなく、適した湿潤環境においた方が、早く治っていく」
これが現代の創傷治療の基本となっています。
なぜ湿潤環境がいいのか
湿潤環境が創傷治癒を促進する理由は5つあります。
① 浸出液内に創傷治癒因子が含まれている 白血球・マクロファージ・細胞成長因子(サイトカイン)など、創傷治癒に必要な細胞・因子が浸出液に豊富に含まれています。
② 乾燥すると壊死が広がる 初期に生じる痂皮(かさぶた)の下が乾燥していると、残存真皮や皮下組織に壊死が生じます。
③ 自己融解(デブリドマン)が起こりやすい 湿潤環境では痂皮が生じにくく、壊死組織の自己融解が速やかに起こります。
④ 細胞の活動・遊走が促進される 炎症期・増殖期での細胞の活動や遊走が容易になります。乾燥していると細胞の活動が低下します。
⑤ 上皮細胞の遊走が速い 乾燥している痂皮の下を進む場合と、湿潤環境下で下床組織の活性が高い場合では、上皮細胞の遊走速度が違います。
身近な例で考える
小さい切り傷の治し方を考えてみましょう。
昔の常識(乾燥療法): 傷をオキシドールで消毒 → 乾燥させてかさぶたを作る → かさぶたが剥がれて治癒
現代の方法(湿潤療法): 傷を水で洗浄(消毒しない) → バンドエイドで保護 → 浸出液を適度に吸収させ湿った環境を維持 → 治癒
バンドエイドで傷を保護し、浸出液を適度に吸収させ、湿った環境を整えてあげる方が傷は早く治ります。これが湿潤療法の最もわかりやすい例です。
浸出液は「悪者」じゃない
湿潤療法を始めると、浸出液が増えたように感じることがあります。また、臭いが強くなることもあります。
「感染したのでは?」と心配する声も聞きます。でも——
浸出液と感染の関係:
浸潤治療を行うと → 浸出液が増える・臭いが強くなる 創感染が起こると → 浸出液が増える・臭いが強くなる
見た目は似ていますが、「浸潤治療=感染しやすい」ではありません。
「感染している創はにおう」はおおむね正しい。でも「においる創は感染している」とは限りません。
浸出液の量・色調・粘稠度・臭いなどを総合的に評価することが重要です。
なぜ傷は臭うのか
浸出液が臭う理由を化学的に説明すると——
たんぱく質はアミノ酸が結合したものです。アミノ酸は:
- アミノ基(NH2)→アンモニア(NH3)に変化 → においます
- カルボキシル基(COOH)を持つ酸 → 酢酸(CH3COOH)など → においます
また皮膚には、においやすい構造があります:
- 角質・毛はシステイン(硫黄含有アミノ酸)を多く含む
- 硫黄化合物はにおいます(例:硫化水素)
皮膚が融解するとにおいがきつくなりますが、これは感染でも湿潤治療でも起こります。
創傷治療の3大コンセプト
モイストウンドヒーリングに基づく現代の創傷治療の基本コンセプトは3つです。
① 傷を乾かしすぎないこと 適切な湿潤環境を維持する。乾燥させると創傷治癒が遅延します。
② 傷を湿らせすぎないこと 過剰な浸出液は創周囲の皮膚を浸軟(ふやける)させ、創傷治癒を阻害します。適切な浸出液管理が必要です。
③ 消毒しないこと 消毒薬(イソジン・オキシドールなど)は細菌だけでなく正常な細胞(線維芽細胞・白血球)にも有害です。消毒は創傷治癒を妨げます。
ガーゼを貼り消毒をすると創感染が増加するという研究結果もあります。
洗浄は水(生理食塩水)で、消毒はしない。 これが基本です。
なぜ傷が治らないのか
逆に傷が治らない原因を整理すると:
- 壊死組織または組織の損傷(血流障害を含む)があるから
- 炎症または感染があるから
- 皮膚の湿潤性の異常(過乾燥または過湿潤)があるから
- 上皮形成の遅延があるから
これらの問題を解決することが褥瘡治療の根本です。
まとめ
- モイストウンドヒーリング:「傷は湿潤環境に置いた方が早く治る」1962年Winter発表
- 湿潤が良い5つの理由:創傷治癒因子・壊死防止・自己融解・細胞活動・上皮遊走促進
- 「傷はにおう=感染している」とは限らない
- 創傷治療の3大コンセプト:乾かしすぎない・湿らせすぎない・消毒しない
次回は「褥瘡治療の基本的な考え方:処置の多様性と選択方法」を解説します。
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