2026年8月10日月曜日

除染法の選択:活性炭・胃洗浄・全腸管洗浄の使い分け【中毒シリーズ④】

 中毒治療において「毒をどう体外に出すか(除染)」は極めて重要です。活性炭・胃洗浄・全腸管洗浄——それぞれの適応と禁忌を正しく知っておくことが、薬剤師として中毒医療に貢献する第一歩です。


除染法の全体像

除染には大きく2種類あります。

消化管除染:経口摂取した毒物の消化管からの吸収を減らす・排出を促す

  • 活性炭投与
  • 胃洗浄
  • 全腸管洗浄(WBI)

体表面除染:皮膚・眼に付着した毒物を除去する

  • 皮膚洗浄
  • 眼洗浄

活性炭投与

作用機序

活性炭は微細な孔が無数に存在し、毒物を物理的に吸着します。消化管から毒物が吸収される前に、活性炭に吸着させて便として排出させます。

適応・タイミング

多くの経口中毒で第一選択として考慮されます。

服用後1時間以内が最も有効。時間が経つほど効果が減弱しますが、遅延吸収が予想される薬物(徐放剤・抗コリン薬)では1時間を過ぎても考慮します。

禁忌(活性炭が効かない・逆効果なもの)

  • 腐食性物質(強酸・強アルカリ):活性炭に吸着されず、投与自体のリスクが高い
  • 金属(鉄・リチウム・鉛・ヒ素):活性炭に吸着されない
  • アルコール類(エタノール・メタノール・エチレングリコール):吸着しない
  • リチウム:吸着しない(特記)
  • 石油製品・有機溶剤:嘔吐・誤嚥のリスク大

投与方法

通常:活性炭 1g/kg(最大50g)を水に懸濁して経口投与

多回投与活性炭(MDAC): 一部の薬物(フェノバルビタール・カルバマゼピン・テオフィリン・アスピリン)では、複数回の活性炭投与が腸肝循環を断ち切り、排泄を促進します。

注意事項

  • 意識障害がある患者には誤嚥リスクがあるため、気道確保(挿管)後に投与する
  • 腸蠕動がない場合(腸閉塞疑い)は禁忌
  • 黒い便が出ることを患者・家族に事前説明する

胃洗浄

概要

胃管(太いチューブ)を口腔・鼻腔から胃に挿入し、生理食塩水を注入・排液することで胃内容物を除去します。

適応・タイミング

生命を脅かす量の経口摂取があった場合に考慮。

服用後1時間以内が最も有効。1時間を超えると多くの場合に薬物が腸に移行しており、効果が限定的になります。

禁忌

  • 腐食性物質(強酸・強アルカリ・漂白剤):食道・胃の損傷を悪化させる危険
  • 石油製品・有機溶剤:誤嚥による化学性肺炎のリスク
  • 意識障害がある患者(気道未確保時):嘔吐・誤嚥のリスク
  • 食道静脈瘤・最近の消化管手術後

現在の位置づけ

以前は「まず胃洗浄」という考え方が主流でしたが、現在では多くの場合、活性炭投与の方が優先されます。胃洗浄のリスク(誤嚥・食道穿孔・迷走神経反射)が再評価されたためです。

胃洗浄を積極的に考慮する場面:

  • 致死量以上の服用が確実で、服用後1時間以内
  • 活性炭に吸着されない物質(鉄・リチウムなど)の大量服用

全腸管洗浄(WBI:Whole Bowel Irrigation)

概要

ポリエチレングリコール電解質液(モビプレップ®・ニフレック®などの腸管洗浄剤)を大量に経口・経管投与し、腸管全体を洗い流す方法です。

適応

  • 徐放製剤の大量服用(通常の活性炭・胃洗浄では不十分)
  • 鉄・リチウム(活性炭が効かない物質)
  • 薬物パケット(Body Packer):薬物を包んだものを飲み込んだ密輸業者

禁忌

  • 腸閉塞・腸管穿孔
  • 消化管出血
  • 血行動態が不安定な状態
  • 保護されていない気道(意識障害時)

投与方法

成人:1500〜2000mL/時間で経口・経鼻管投与(直腸排液が澄むまで継続)


皮膚・眼の除染

皮膚除染

農薬・化学物質の皮膚暴露が疑われる場合、できるだけ早期に除染します。

手順:

  1. 汚染された衣服・靴を脱ぐ(二次汚染防止!医療者もPPE着用)
  2. 乾燥した粉末は先に払ってから(水と反応する物質があるため)
  3. 大量の水で15〜30分間洗浄
  4. 中性石鹸を使用(アルカリ性洗浄剤は一部の化学物質と反応する)

有機リン中毒では皮膚から吸収される量が多く、二次汚染(医療者への汚染)に特に注意が必要です。

眼除染

化学物質が眼に入った場合、直ちに大量の水(生理食塩水が望ましい)で洗浄します。

最低15〜30分間の洗浄が推奨されます。コンタクトレンズは除去してから洗浄。


除染法の選択まとめ

除染法適応のポイント主な禁忌
活性炭多くの経口中毒。1時間以内が最有効腐食性・金属・アルコール・リチウム
胃洗浄致死量以上・1時間以内。活性炭が効かない物質腐食性・石油製品・意識障害(気道未確保)
全腸管洗浄徐放剤・鉄・リチウム・薬物パケット腸閉塞・穿孔・血行動態不安定
皮膚除染農薬・化学物質の皮膚暴露乾燥粉末は先に払う
眼除染化学物質の眼暴露15〜30分の洗浄が必須

まとめ

  • 活性炭は多くの経口中毒で第一選択。1時間以内が最も有効
  • 腐食性物質・金属・アルコール・リチウムには活性炭は無効
  • 胃洗浄は以前より適応が絞られている。腐食性・石油製品は禁忌
  • WBI(全腸管洗浄)は徐放剤・鉄・リチウム・薬物パケットに
  • 皮膚除染は二次汚染防止が最重要(医療者のPPE着用)

次回は「排泄促進法:尿アルカリ化と血液浄化」を解説します。


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トキシドローム③ 

hospharブログ(病院薬剤師の専門情報)

2026年8月9日日曜日

トキシドロームとは?5つのパターンで原因物質を推定する【中毒シリーズ③】

 中毒患者の原因物質が不明な場合、「症候群パターン(トキシドローム)」を読むことで推定できます。これは薬剤師の薬理学的知識が最も活きる場面のひとつです。


トキシドロームとは

Toxidrome(トキシドローム)=「Toxin(毒)+ Syndrome(症候群)」を組み合わせた造語です。

中毒の原因物質を推定するための「症候群パターン」で、バイタルサイン・瞳孔・発汗・腸蠕動などの組み合わせからパターンを読みます。


5大トキシドローム早見表

トキシドローム瞳孔脈拍発汗腸蠕動代表的原因物質
コリン作動性縮瞳徐脈↑↑↑↑有機リン・カーバメイト
抗コリン性散瞳頻脈三環系抗うつ薬・抗ヒスタミン薬
交感神経刺激散瞳頻脈覚醒剤・コカイン
オピオイド縮瞳徐脈モルヒネ・フェンタニル
セロトニン散瞳頻脈SSRI過量・MAO-I併用

各トキシドロームの詳細

① コリン作動性トキシドローム

代表的原因物質:有機リン系農薬(スミチオン・ジメトエートなど)・カーバメイト系農薬

機序:コリンエステラーゼ(ChE)の阻害 → アセチルコリン(ACh)が蓄積 → コリン受容体が過剰刺激される

覚え方:「DUMBELS」

文字症状説明
DDiarrhea(下痢)腸管平滑筋の過活動
UUrination(頻尿・尿失禁)膀胱括約筋の弛緩
MMiosis(縮瞳)瞳孔括約筋の収縮
BBradycardia(徐脈)心臓ムスカリン受容体刺激
EEmesis(嘔吐)消化管平滑筋の過活動
LLacrimation(流涎・流涙)腺分泌亢進
SSalivation(流涎)唾液分泌亢進

特異的な臭い:ニンニク臭(有機リン中毒の重要なサイン)

治療:アトロピン(ムスカリン受容体拮抗)+PAM(ChE再活性化)


② 抗コリン性トキシドローム

代表的原因物質:三環系抗うつ薬・抗ヒスタミン薬・抗精神病薬・スコポラミン・ベラドンナアルカロイド

機序:アセチルコリン受容体(ムスカリン受容体)の遮断 → コリン作動性と真逆の症状

覚え方:「ホットで赤くて乾燥した狂人」

  • Hot(高体温)
  • Red(顔面紅潮)
  • Dry(皮膚乾燥・口腔乾燥・無汗)
  • Blind(散瞳による霧視)
  • Mad(意識障害・興奮・幻覚)

「Mad as a hatter, hot as a hare, red as a beet, dry as a bone」というアメリカの覚え方が有名です。

治療:フィゾスチグミン(重症例のみ)・対症療法


③ 交感神経刺激(アドレナリン作動性)トキシドローム

代表的原因物質:覚醒剤(メタンフェタミン)・コカイン・エフェドリン・カフェイン大量摂取

機序:カテコラミン(アドレナリン・ノルアドレナリン)の過剰作用

症状

  • 散瞳・眼球突出
  • 頻脈・高血圧
  • 発汗
  • 興奮・多弁・不眠
  • 高体温
  • 痙攣(重症例)

コリン作動性との違い:腸蠕動が↑(便秘でなく下痢傾向)・皮膚が発汗↑


④ オピオイドトキシドローム

代表的原因物質:モルヒネ・フェンタニル・オキシコドン・コデイン・トラマドール・ヘロイン

機序:μオピオイド受容体の過剰刺激 → 中枢・末梢への抑制効果

三大徴候(オピオイド三徴)

  1. 縮瞳(ピンポイント瞳孔)
  2. 意識障害(鎮静・昏睡)
  3. 呼吸抑制(徐呼吸・無呼吸)

これが揃えばオピオイド中毒をほぼ確定できます。

治療:ナロキソン(オピオイド拮抗薬)0.4mg IV → 反応見て追加(半減期が短いため再投与・持続点滴を考慮)


⑤ セロトニン症候群

代表的原因物質:SSRI(パロキセチンなど)の過量・MAO阻害薬との併用・トリプタン

機序:セロトニン受容体の過剰刺激

三徴

  1. 精神症状(興奮・不安・錯乱)
  2. 神経筋異常(クローヌス・振戦・反射亢進)
  3. 自律神経症状(高体温・頻脈・発汗)

注意:悪性症候群(抗精神病薬による)と症状が似るが、悪性症候群は「筋強剛」が目立ち、発症が緩徐(日〜週単位)という点で鑑別できます。

治療:原因薬中止・対症療法(サイプロヘプタジンが有効な場合あり)


トキシドロームを見る時の注意点

複数物質の混合服用では複数のトキシドロームが重なることがある

例:三環系抗うつ薬(抗コリン性)+ ベンゾジアゼピン(呼吸抑制)+ アルコール(中枢抑制)の混合服用(Mixed OD)では、それぞれのトキシドロームが重なり複雑な症状を呈します。

トキシドロームは「確定診断」ではなく「推定のツール」

原因物質の最終確認は血液・尿の薬物濃度測定や情報収集で行います。


まとめ

  • トキシドロームとは中毒症候群パターン。原因物質を推定するツール
  • コリン作動性:縮瞳・徐脈・発汗↑・DUMBELS(有機リンが代表)
  • 抗コリン性:散瞳・頻脈・乾燥・高体温・興奮(三環系抗うつ薬など)
  • 交感神経刺激:散瞳・頻脈・興奮・高血圧(覚醒剤・コカイン)
  • オピオイド三徴:縮瞳・意識障害・呼吸抑制(ナロキソンが解毒薬)
  • セロトニン症候群:興奮・クローヌス・高体温(SSRI過量・MAO-I併用)

次回は「除染法の選択:活性炭・胃洗浄・全腸管洗浄の使い分け」を解説します。


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中毒の疫学・分類・ABCDEアプローチ② 

hospharブログ(病院薬剤師の専門情報)

2026年8月8日土曜日

中毒の疫学・分類と初期対応ABCDEアプローチ【中毒シリーズ②】

 中毒患者が搬送されてきた時、最初の数分間の対応が予後を左右します。今回は中毒の分類と、初期対応の基本「ABCDEアプローチ」を解説します。


中毒の分類:3つの視点で整理する

① 意図による分類

意図的中毒:自殺企図・犯罪目的(薬物の過量服用・毒物の混入など)

非意図的中毒:事故・誤飲(小児の家庭用品誤飲が中心)

職業性中毒:農薬・化学物質への職業暴露

成人では意図的中毒(ODなど)が多く、小児では非意図的誤飲が大部分を占めます。

② 時間経過による分類

急性中毒:発症〜24時間以内

亜急性中毒:数日〜数週間かけて進行(例:鉛中毒の慢性化)

慢性中毒:長期暴露による蓄積(例:職業性水銀中毒)

救急外来で最も多いのは急性中毒です。

③ 暴露経路による分類

経口(最多):服用・誤飲

吸入:ガス・揮発性物質

経皮:農薬・化学物質の皮膚暴露

注射:薬物乱用

粘膜:眼・鼻腔への暴露


中毒の疫学:数字で知る

日本中毒情報センター(JPIC)への相談件数は年間約4万件

成人の中毒原因(多い順)

  1. 医薬品(向精神薬・睡眠薬・解熱鎮痛薬などの過量服用)
  2. 農薬(有機リン・パラコートなど)
  3. 家庭用品(洗剤・漂白剤・防虫剤)

小児(5歳以下)の中毒原因(多い順)

  1. 家庭用品(タバコ・洗剤・医薬品)
  2. 医薬品
  3. 食品・植物

重要なのは、小児誤飲の約70%が5歳以下ということ。チャイルドプルーフ(子供が開けにくい容器)の啓蒙も薬剤師の大切な役割です。


初期対応の原則:ABCDEアプローチ

中毒患者が搬送されてきたら、まず「ABCDEアプローチ」でバイタルサインを安定化させます。原因物質の同定は二の次です。

A:Airway(気道確保)

意識障害がある患者は舌根沈下・分泌物(流涎・嘔吐物)による気道閉塞のリスクがあります。

確認事項:

  • 気道は開いているか
  • 誤嚥の危険はないか
  • 挿管が必要か

特に有機リン中毒では大量分泌物による気道閉塞が起きやすいです。

B:Breathing(呼吸の評価)

呼吸数・呼吸の深さ・SpO₂・聴診で評価します。

薬物による呼吸抑制(オピオイド・ベンゾジアゼピン・アルコール)は致死的になりえます。

C:Circulation(循環の評価)

血圧・脈拍・心電図モニタリング。

注意が必要な所見:

  • 徐脈(有機リン・オピオイド・β遮断薬)
  • 頻脈(三環系抗うつ薬・交感神経刺激薬)
  • QRS延長(三環系抗うつ薬→炭酸水素Naが必要)
  • QT延長(抗精神病薬・抗不整脈薬)

D:Disability(意識レベル評価)

GCS(Glasgow Coma Scale)で意識レベルを評価します。

意識障害の鑑別(AIUEO TIPS)も念頭に。特に低血糖(ブドウ糖投与)の除外を優先します。

E:Exposure(全身観察・体温)

全身を観察します。体温も重要なバイタルサインです。

確認事項:

  • 皮膚の色・発汗・発疹の有無
  • 特異的な臭い(有機リン→ニンニク臭、シアン→苦扁桃臭、アルコール→アルコール臭)
  • 注射痕の有無
  • 体温(高体温→セロトニン症候群・抗コリン性、低体温→アルコール・オピオイド・バルビツール)

中毒診療の全体フロー

患者搬送
    ↓
【ABCDE】バイタル安定化
    ↓
【原因物質の同定】
  ・トキシドローム(症候群パターン)
  ・現場の情報(薬の空き瓶・家族からの情報)
  ・中毒情報センターへの相談
    ↓
【除染】
  ・活性炭投与(経口中毒)
  ・胃洗浄(適応を選ぶ)
  ・皮膚・眼洗浄(経皮・眼暴露)
    ↓
【解毒薬投与・排泄促進】
  ・特異的解毒薬(ある場合)
  ・尿アルカリ化・血液透析(適応があれば)
    ↓
【経過観察・モニタリング】
  ・合併症の管理
  ・遅発性症状に注意

情報収集で知っておくべきこと

中毒患者の情報収集では以下を確認します。

  • 何を?(物質名・商品名・成分)
  • どのくらい?(量・濃度)
  • いつ?(服用・暴露からの経過時間)
  • どのように?(経口・吸入・経皮)
  • なぜ?(意図的か事故か)

情報が不明の場合は**日本中毒情報センター(JPIC)**に相談します。24時間対応で、医療機関専用の回線があります。


まとめ

  • 中毒は意図/時間経過/暴露経路の3軸で分類できる
  • 小児誤飲の70%が5歳以下。成人ODは医薬品が最多
  • 初期対応の原則はABCDEアプローチ。まず気道・呼吸・循環を安定化
  • 体温・臭い・皮膚所見が診断の手がかりになる
  • 情報収集(何を・どのくらい・いつ)が治療方針決定の鍵

次回は「トキシドローム:5パターンで原因物質を推定する方法」を解説します。


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薬剤師が中毒医療に関わる理由① 

hospharブログ(病院薬剤師の専門情報)

2026年8月7日金曜日

薬剤師が中毒医療に関わる理由:「薬の専門家=毒の専門家」【中毒シリーズ①】

 「中毒医療って、救急医の仕事では?」——そう思っている薬剤師の方も多いかもしれません。でも実は、中毒医療こそ薬剤師が最もその専門性を発揮できる領域のひとつです。今回から中毒領域シリーズをお届けします。


「薬の専門家=毒の専門家」

薬と毒は、実は紙一重です。

「The dose makes the poison(量が毒をつくる)」——16世紀の医師パラケルススの言葉です。水ですら過剰に飲めば死に至る(水中毒)。逆に猛毒のボツリヌストキシンも、適切な量では美容・医療で使われます(ボトックス)。

薬剤師は日々「薬の適切な量」を扱っています。その知識は、裏を返せば「毒の専門的知識」でもあります。


薬剤師が中毒医療に関われる4つの理由

① 薬理学的知識

薬物の作用機序・用量反応関係・相互作用を最も深く理解しているのは薬剤師です。

「この患者さんはベンゾジアゼピンとアルコールを同時に服用した。どんな相互作用が起きる?」「有機リン系農薬を服用した患者の縮瞳・徐脈・流涎はなぜ起きる?」——これらの問いに答えられるのが薬剤師です。

② 解毒薬の管理

院内の解毒薬・拮抗薬の在庫管理・使用期限管理・緊急時の供給体制を整備するのは薬剤師の業務です。

「フルマゼニルは今すぐ何アンプル使えるか」「NAC(N-アセチルシステイン)の点滴プロトコルを設計して」——中毒発生時に最も迅速に答えられるのが薬剤師です。

③ 情報提供

日本中毒情報センター(JPIC)との連携・POISINDEX®・Micromedex®などのデータベースを使いこなし、エビデンスに基づく情報提供を行います。

「この農薬の成分を調べてほしい」「この解毒薬、添付文書にない用量だがエビデンスは?」——情報収集・提供のプロとしての役割です。

④ チーム医療

救急医・看護師・ICU担当と連携し、多職種チームの一員として中毒治療に参加します。

解毒薬の投与量設計・モニタリング計画・患者教育・二次汚染防止の指導——薬剤師がいることでチームの医療の質が上がります。


中毒の現状を知る

日本中毒情報センター(JPIC)への相談件数は年間約4万件

  • 約70%は5歳以下の小児の誤飲事故
  • 成人中毒の最多原因物質は医薬品(特に向精神薬・睡眠薬)
  • 意図的摂取(自殺企図・自傷)では医薬品の過量服用(OD)が最多

「自分の病院では中毒患者なんて来ない」と思っていても、睡眠薬の過量服用で救急搬送されてくる患者さんは、どの病院でも珍しくありません。


中毒患者に関わる薬剤師の具体的な役割

緊急時に薬剤師がやること:

  1. 解毒薬・拮抗薬の迅速な準備・調製
  2. 投与量・投与速度・投与プロトコルの設計
  3. 原因物質の同定支援(情報収集)
  4. モニタリング項目の提案(肝機能・腎機能・血中濃度など)
  5. 活性炭投与の適応判断支援
  6. 二次汚染防止の指導(有機リンなど揮発性・接触性の中毒)
  7. 患者・家族への退院後指導(再発予防・保管方法)

中毒診療の全体的な流れ

中毒患者が搬送されたら、診療の流れは以下の通りです。

① ABCDEアプローチでバイタルサインを安定化 

② トキシドロームと情報収集で原因物質を同定 

③ 除染・解毒薬投与 

④ 経過観察・合併症管理

薬剤師は②〜④のすべてのフェーズで重要な役割を担います。


まとめ

  • 薬の専門家=毒の専門家。薬剤師の知識は中毒医療に直結する
  • 薬剤師の4つの役割:薬理学的知識・解毒薬管理・情報提供・チーム医療
  • 日本の中毒相談は年間約4万件。小児誤飲・成人OD(医薬品)が多い
  • 解毒薬の調製・投与設計・モニタリング・情報収集で貢献できる

次回は「中毒の疫学・分類と初期対応ABCDEアプローチ」を解説します。


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NSTシリーズ

2026年8月6日木曜日

薬剤師がNST・褥瘡ケアに関わる意義:シリーズ総まとめ【褥瘡・NSTシリーズ⑬】

 全13回のNST・褥瘡シリーズ最終回です。「薬剤師がNSTや褥瘡ケアに関わることで何が変わるのか」を総まとめします。


このシリーズで学んできたこと

【NSTシリーズ①〜⑥】 ① NSTとは何か?誕生の歴史と意義 ② NSTの目的・役割・活動成果 ③ 薬剤師がNSTで担う役割 ④ 輸液のカロリーを正しく知る ⑤ 経腸栄養・経静脈栄養の選択(TPN・PPN・EN) ⑥ 離島・僻地病院でのNST活動体験記

【褥瘡シリーズ⑦〜⑫】 ⑦ 褥瘡とは何か?原因・ステージ分類 ⑧ モイストウンドヒーリング:傷は乾かすな ⑨ 褥瘡治療の基本的な考え方と3ステップ ⑩ 褥瘡外用剤の解説(ゲーベン・ネグミンシュガー・ブロメラインなど) ⑪ 創傷被覆材の選び方(ハイドロサイト・カルトスタットなど) ⑫ 褥瘡と栄養の深い関係


薬剤師がNST・褥瘡ケアに関わることで何が変わるか

① 「カロリーが足りていない」を発見できる

「絶食でソルデム3A×3本」の処方を見た時に、「これでは258kcal、おにぎり1.5個分しかない。ビーフリードへの変更を提案しよう」と気づける薬剤師が一人いるだけで、患者さんの栄養状態が変わります。

② 褥瘡外用剤の適切な提案ができる

「黄色壊死期に浸出液が少ない創にネグミンシュガーが処方されている」——創を乾燥させすぎる可能性があります。「ゲーベンクリームの方が適切では」と提案できる薬剤師が、褥瘡ケアの質を上げます。

③ 「この褥瘡が治らない原因は栄養だ」と言える

Alb 2.5g/dL未満の患者の褥瘡が治らない時に、「管理栄養士と連携して栄養評価・介入を提案しましょう」と言える薬剤師がチームを動かします。

④ 薬物療法と栄養療法の橋渡しができる

「誤嚥が多い患者さんにACE阻害薬の嚥下改善効果を活用できないか」「消化管運動が悪い患者さんにモサプリドを提案できないか」——薬と栄養の両面から考えられるのが薬剤師の強みです。


NSTで薬剤師が発揮できる独自価値

NST専門療法士として20年以上活動してきて感じる「薬剤師ならではの強み」は3つです。

① 輸液を「栄養」として読む力 「この点滴でどのくらいのカロリーが入っているか」「アミノ酸はどれだけ入っているか」を即座に計算できるのは薬剤師の専門性です。

② 薬物と栄養の相互作用を知っている 「葉酸とメトトレキサート」「ビタミンKとワーファリン」「亜鉛とキレート剤」——栄養素と薬の相互作用を知っているのは薬剤師の強みです。

③ 処方提案の形で医師に働きかけられる 「ビーフリードへの変更を提案します」という具体的な処方提案の形でアプローチできるのは薬剤師だけです。


病棟薬剤師・NST薬剤師に伝えたいこと

私が沖永良部島の離島病院でNSTを立ち上げた時、「こんな環境でNSTなんてできるのか」と思いました。でも医師が少ないからこそ薬剤師の関わりが大切だと気づきました。

大病院でも小さな病院でも、薬剤師がNSTに関わることで:

  • 患者さんの栄養状態が改善する
  • 褥瘡が減る・治りやすくなる
  • 在院日数が短縮する
  • 医療の質が上がる

「薬剤師がいてよかった」と思ってもらえる場面のひとつが、NST・褥瘡ケアへの関わりです。


まとめ:薬剤師に伝えたい3つのこと

① 輸液のカロリーを知ること ソルデム3A×3本=258kcal。これを知っているだけで、絶食患者への適切な提案ができます。

② 褥瘡の「色」と「ステージ」を読むこと 黒→黄→赤→白の流れと、それぞれの病期に合った外用剤・被覆材を知ること。

③ 「栄養なしに治癒なし」を伝えること Alb 2.5g/dL未満の褥瘡患者に、どんな処置をしても治癒は困難。管理栄養士・NSTとの連携を積極的に促すこと。


最後に

NST・褥瘡シリーズを通じて伝えたかったのは「薬剤師はもっと栄養と創傷ケアに関われる」ということです。

「薬の専門家」にとどまらず、「患者の栄養状態を読み、チームに提言できる薬剤師」を目指してほしいと思います。

13回、最後までお読みいただきありがとうございました!


全13記事一覧

① NSTとは何か?誕生の歴史と意義 ② NSTの目的・役割・活動成果 ③ 薬剤師がNSTで担う役割 ④ 輸液のカロリーを正しく知る ⑤ 経腸栄養・TPN・PPNの選択 ⑥ 離島・僻地病院でのNST活動体験記 ⑦ 褥瘡とは何か?原因・ステージ分類 ⑧ モイストウンドヒーリング ⑨ 褥瘡治療の基本的な考え方 ⑩ 褥瘡外用剤の解説 ⑪ 創傷被覆材の選び方 ⑫ 褥瘡と栄養の深い関係 ⑬ 総まとめ(本記事)


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講演・研修依頼:toshiki.taura@gmail.com(生駒市立病院 薬局長 田浦稔基)