コーチングの根底にある哲学として、アドラー心理学があります。「嫌われる勇気」でも有名なアルフレッド・アドラーの考え方は、患者さんとの関わり方・スタッフマネジメントの両方に深く関係しています。
アドラー心理学の5つの要素
アドラー心理学は5つの柱から成り立っています。
① 目的論 人の行動は「過去の原因」ではなく「未来の目的」によって決まる。「あなたが過去にこんな経験をしたから、こうなった」ではなく、「あなたは今何を目的として行動しているのか」という視点。
② 全体論 人間は分割できない全体として捉える。身体・精神・感情は切り分けられない統合体である。
③ 社会統合論 人間は本来、社会や他者とのつながりの中で生きている。人は「共同体感覚」を持って社会に貢献することで幸福を感じる。
④ 現象学的立場 客観的な現実ではなく、その人が主観的にどう見ているかが行動を決定する。「その人にとっての現実」を理解することが大切。
⑤ 勇気づけの心理学 アドラー心理学は「勇気づけ」の心理学。人が行動を変えるのに必要なのは「勇気」であり、その勇気を与えることがサポートの本質。
医療への応用:目的論で患者さんを見る
アドラーの目的論を医療に当てはめると、患者さんの見方が変わります。
「なぜ薬を飲まないのか(過去・原因)」ではなく、 「何のために飲まないという行動をとっているのか(目的)」
薬を飲まないことで「忙しいことをアピールできる」「自分はまだ元気だと感じられる」「副作用が怖いという不安から逃げられる」——患者さんの行動には必ず目的があります。
その目的を理解することで、効果的な介入のポイントが見えてきます。
「勇気づけ」の心理学
アドラーの言葉:
「人は貢献感を感じ、自分に価値があると思える時にだけ勇気を持つことができる」
勇気づけとは、相手が「目標に向かって進む力・困難を克服する力」を持てるよう支援することです。
アドラー心理学は「叱らない、褒めない、勇気づける」を実践します。
「褒める(縦の関係・評価)」ではなく、「勇気づけ(横の関係・貢献感)」によって、人は自ら行動する力を得ます。
相互尊敬・相互信頼
アドラー心理学の核心にあるのは「相互尊敬・相互信頼」です。
医療従事者と患者さんの関係は、どうしても「教える側・教えられる側」という縦の関係になりがちです。
しかしアドラーは「横の関係」を重視します。患者さんを対等なパートナーとして尊重し、一緒に目標に向かって歩む——この姿勢がコーチングの土台になります。
ABC理論:感情は出来事ではなく「受け止め方」で決まる
アドラー心理学と関連する重要な概念が「ABC理論」です。
- A(Activating event):出来事——遭遇する出来事(100%コントロール不可)
- B(Belief):受け止め方——出来事をどう受け止めるか(自分の意志で変えられる)
- C(Consequence):感情——結果として生まれる感情・気持ち
「同じ出来事(A)でも、受け止め方(B)が違えば、感情(C)も変わる」——これがABC理論の核心です。
患者さんが「糖尿病と診断された(A)」という同じ出来事でも、「もう終わりだ(B)→絶望(C)」と受け止める人もいれば、「早めに見つかってよかった(B)→安心(C)」と受け止める人もいます。
薬剤師が介入できるのは「B(受け止め方)」へのアプローチです。
2:6:2の法則——嫌われることに楽になる
アドラー心理学の文脈で、人間関係について知っておいてほしいのが「2:6:2の法則」です。
どんな人でも:
- 自分を好きな人:2割
- どっちでもない人:6割
- 自分を嫌いな人:2割
これはパレートの法則から派生した、組織における自然の法則です。働きアリでも同じで、全力で働く2割、普通に働く6割、サボる2割に必ず分かれます。
「あの患者さんに嫌われた」「あのスタッフに嫌われている」——そう感じる時は、「2割に入っちゃったか」くらいに思えると楽になります。
嫌われないように必死になるより、自分らしくあることの方がずっと大切です。
まとめ
- アドラー心理学5つの要素:目的論・全体論・社会統合論・現象学・勇気づけ
- 目的論:「なぜ(過去)」より「何のために(未来)」で患者さんを理解する
- 勇気づけ:横の関係からの貢献感が人を動かす
- ABC理論:感情は出来事でなく受け止め方が決める
- 2:6:2の法則:嫌われることを恐れず、自分らしくあることが大切
次回は「共感的理解:同じ目・耳・心で聴くとはどういうことか」を解説します。
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